店長修行で気付いた、思わぬ弱点
入社して約1年で副店長昇格、チャレンジ営業では店長として1カ月間営業したそうですね。なぜ挑戦しようと思ったんですか?

店長育成プログラムのゴールである「18カ月で店長昇格」を自分の目標にして、やるべきことをピックアップし、ひとつずつ課題をクリアしていたところ、「チャレンジ店長をやらないか」と声がかかって。私の中で店長への意欲が高まっていたので、良い経験になりそうと思い挑戦しました。
実際に挑戦してみて、どんな気付きがありましたか?

従業員とのコミュニケーション不足を痛感しました。自分から話しかける機会が圧倒的に少なかったんです。店長業務に必死になってしまって、事務作業に追われて店長室にこもっていたこともありましたし。でも、こちらから働きかけないと関係性をつくれないことに気付いて、積極的にコミュニケーションをとるようになりました。
そうなんですね。その結果、従業員との関係性は変わりましたか?

皆さん、変化を感じ取ってくださったみたいです。私が何気なくかけた言葉などを嬉しく思ったと、パートナー(アルバイト)が従業員アンケートにコメントしてくれました。それを見て、受け身にならず自分から周囲と関わっていくことに決めました。なかなか心を開いてくれない人がいても、こじ開けに行くようになりました(笑)。

人を頼れず、挫折からの店長スタート
その後、店長に昇格されましたね。新任店長として着任した店舗では、どんなことに力を入れましたか?

一番はパートナーの教育です。みんなの課題を見つけてひとつひとつ改善していったら、NPS(お客様アンケート)で良い結果がでたんです。その結果とともに「実力があるんだから、もっとやれるよ!」と伝えると、みんな自信が持てたようで、モチベーション向上につながりました。意欲を引き出すことも店長の仕事だと学びました。
それは嬉しいですね。店長として順調なスタートを切れたんですね。

いえいえ、失敗続きでしたよ。たとえば、多忙な時期に予算統制の業務が重なり、パンクしたこともありました。まわりをどう頼ったらいいかもわからず、ひとりで抱え込んでしまったら、パートナーから「サポートしたいのに、店長が頼ってくれないとできない」という声が上がったこともあります。
頼れなかったのはなぜですか?

自分が第一線を離れるのが怖い、という思いを強く持っていたんだと思います。みんなを信頼しきれていなかったのかもしれません。その反省を踏まえて着任した2店舗目では、逆に上司やパートナーを意識しすぎてしまい、自分らしさがどんどんなくなってしまって。自分自身のモチベーションも下がりましたね。
店長の楽しみ方をみつけ、チームも自分も変わった
そこから、自分自身をどう立て直したのですか?

九州への異動が転機になりました。当時は完全に受動的な思考になってしまっていて、何をするにしても上司の許可を得ないと動けないと思い込んでいました。その考えを変えてくれたのが、博多千代店でお世話になったエリアマネジャーです。やりたいことを自分で決めて、周りを巻き込んで実現していくのが店長のあり方、楽しみ方だと教えてくれました。
その店長像を、柳澤さんはどのように体現していきましたか?

やりたいことを突き詰めていくことと同時に、人を頼ることが必要不可欠なんだと気付きました。目標を共有してチームに頑張ってもらうのはもちろん、上司や他店の店長に動いてもらったこともあります。自分がやりたいことだから自然と熱が入るので、結果にも表れます。博多千代店ではインバウンドの集客強化に取り組んで、売上において記録的な成果が残せました。

部下を率いてやりたいことを実現、目指すは武将
25年3月からは新店の豊橋新栄店で店長就任ですね。ここでの店舗目標を聞かせてください。

店長としてやりたいことや自分の思いをチームに浸透させるため、価値観を共有したいと思っています。これまでの店舗経験で増やしたコミュニケーションの引き出しを活かし、一人ひとりに合う関わり方を見つけたいですね。そして頑張っている人がきちんと評価される店づくりをしたいです。自分自身の目標は次のステップである上級店長に昇格することです。
最後に、柳澤さんの「なりたい自分」とは?

イメージするのは、戦国時代の武将です。部下を導き、しっかり結果を出して功績を残していますよね。やりたいことを貫くために自分を律し、やるべきことをしっかりやり遂げていたからだと思います。彼らの思想や遺した言葉は現代にも通じます。わたしも彼らのように、正々堂々と生きていきたいです。