架空の自分を演じていた日々
渡辺さんは前職でスポーツショップに勤務されていて、2年前に物語コーポレーションに転職されたんですよね。

そうですね。店舗で販売員をやっていました。7年目に本社勤務にキャリアアップできるチャンスをもらえたんですが、コロナの影響で白紙になってしまって。それならいっそ転職して自分の力を試そうと思って転職先を探していたところ、物語コーポレーションと出会ったんです。
入社したいと思ったきっかけは何ですか?

「正々堂々と自分らしく人生を歩む」という価値観に惹かれたからです。私はFtM(Female to Male/出生時に女性を割り当てられたが、男性として生きることを望む人を指す)のセクシュアルマイノリティで、物心ついたときから、自分の体の性に違和感がありました。でも、まわりからどう思われるかが怖くて、親にもずっと本当の自分を隠して生きてきたんです。
ありのままの自分を出せなかったんですね。

はい。友人や職場の人たちとの会話でプライベートな話になっても、本当の自分を知られたくなくて、無理やり話を合わせることが多かったですね。「彼氏つくらないの?」とか聞かれても「今は興味ないかな」ってごまかしたりとか。本当の自分とは別人格のような「架空の自分」をつくり上げて演じて、まわりとコミュニケーションをとっていました。自分にも相手にも嘘をついているようで、心がしんどかったです。本当の自分も、いったい何なのかわからなくなっていました。
そうだったんですね。前職のスポーツショップではどう過ごされていたんですか?

前職でもカミングアウトはしていませんでしたね。勤務中は自社のスポーツウェアで、ユニセックスやメンズのデザインを選んで着ていました。でも、お客様から呼びかけられるときに「お兄さん・・・あ、ごめんなさい、お姉さん?」と言われることがよくあって。好きな格好はできても、自認と他人から見た自分のギャップがすごく苦痛で、「自分らしさ」ってなんだろう?どう表現すればいいんだろう?と思っていました。だから、物語コーポレーションの理念や価値観がとても魅力的に感じたんです。

なりたい自分にむけて踏み出した第一歩
実際に物語コーポレーションに入社して、いかがでしたか?

働く人がみんな「ありのままの自分」をちゃんと表現していることが衝撃でした。特に、当時の店長はかなり熱い人で、褒めるときはとことん褒めてくれるけど、ダメなことは本気で真剣に叱ってくれました。その中でも、よく言われたのが「渡辺さんはどう思うの?」とか「ちゃんと自分の気持ちを伝えて」という言葉でした。これまでそうした主張を避けてきた人生だったので、最初は面食らいましたね。意見を聞かれてもすぐ反応できず、言われっぱなしでした。
最初はやはり自己表現のハードルが高かったんですね。

はい。でも、店長やまわりの人たちが自己表現をしてイキイキと働いているのを見ていて、「自分らしく生きるためには、自分の意見を言うことが大切なんだ」と思ったんです。少しずつ勇気を出して「自分はこう思います!」と意見や考えを伝えるようにしていきました。そしたら「伝えてくれて嬉しい。遠慮はいらないから、これからも思ったことをガンガン言ってね」と言われ、どんな意見をぶつけても大丈夫なんだとホッとしました。あと、自分がセクシュアルマイノリティだということもカミングアウトしたんです。緊張しましたが、「そうなんだね!」とあっさりしたものでした(笑)過剰に反応されることもなく、ここではありのままの自分でいていいんだなと心から安心しました。
偽らない自分を表現できるようになって、どんな変化がありましたか?

ずっと踏ん切りがつかなかったホルモン治療にも挑戦したいと思うようになりました。ずっとFtMの自分で生きてきたんですが、やはりちゃんと男性として生きたいし、それが「なりたい自分」だと思って。ホルモン治療をして戸籍変更ができれば、結婚もできるんです。ただ、ホルモン治療は一生継続していかなければならないものなので、トータルで数百万円もかかるうえに副作用で体調が不安定になる人もいると聞いて、不安な気持ちも大きかったです。

ホルモン治療をきっかけに新しい自分へ
それはすぐに決断するのは難しいですよね・・・。

でも、当時付き合っていた恋人に思い切って相談したら、「やってみようよ!もし上手くいかなくても、別の方法を考えたらいいし、あなたという人は何も変わらないよ」と言われて。その瞬間、自分の中にあった変わることへの恐怖がふっと和らいだんです。たしかに、体は変わっても私自身は何も変わらないなと思えて、じゃあやろうと決心できました。店長に相談したら「あなたがやりたいことを応援するよ、ちゃんとフォローするからね」と言ってもらえて、すごく心強かったですね。私が「なりたい自分」になることを後押ししてくれる人たちの存在に、とても救われた気持ちになりました。
まわりの全面的な協力や支援があって、一歩踏み出せたんですね。

はい。ホルモン治療を始めて、やはり副作用で体調が安定しない日もあったんですが、店長に都度相談に乗ってもらって、お店のパートナーも「こっちのことは心配しないで!」と、シフトの変更に協力してくれたりもしました。サポートしてもらえたことはもちろん、みなさんの気遣いが本当に嬉しかったです。実際に治療を始めて2カ月目くらいに、だんだんと自分の声が低くなってきて、体の筋肉のつき方も変わってきたのを実感して、どんどん「なりたい自分」に近づけている気がして、毎日がさらに楽しくなりました。
気持ちの面でも大きな影響があったんですね。

はい。これまでいろいろ考えすぎて不安になって、一歩を踏み出せないことがよくあったんですけど、「何事もやってみなきゃわからないし、もし失敗してもほかの道を考えればいい」と思えるようになりました。その変化で一番影響があったのは役職ですね。お店の責任を負うのが怖くて昇格を避けていたんですが、今年に入って副店長になりました!今は売上や利益の出し方なども店長から学んでいて、次の店長昇格にむけて試験の勉強をしているところです。
誰もが自分らしく働けるお店をつくりたい
店長になったら、どんなお店をつくりたいですか?

お客様の笑顔を生み出すお店をつくりたいです。みんなが「なりたい自分」にむかってイキイキと楽しく働いて、それがお客様に伝わって、お店全体が楽しい雰囲気に包みこまれるような。そのためには、誰もが自分を隠したり抑え込んだりせず、思いっきり力を発揮して、自分らしく活躍できる環境をつくることが必要だと思っています。
最後に、渡辺さんの「なりたい自分」とは?

自分のやりたいことをハッキリ伝えることができ、それでいてまわりの人を尊重して寄り添えるような、人として温かい人になりたいです。そんな自分の姿が、誰かの「なりたい自分」を応援することにつながれば嬉しいですね。