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これまでの経験をすべて “ 糧 ” に。デザインで自分を表現し続ける日々

専門店・新業態事業部 開発グループ シニアマネジャー 小林啓祐

これまでの経験をすべて “ 糧 ” に。デザインで自分を表現し続ける日々

一人ひとりの「自分物語」を紹介する「みんなの物語」。今回は、専門店・新業態事業部で新業態の開発やリニューアルに携わる小林 啓祐(こばやし けいすけ)さんに登場いただきました。ご両親が物語コーポレーション出身で、幼少期から飲食店が身近にあったという小林さんは、高校生のころに『しゃぶとかに 源氏総本店』のパートナー(アルバイト)として働き始めたそうです。筆文字を使った独創的なデザインを生み出すデザイナーとしての顔を持ち、現在は新業態のブランドロゴやメニューブック、内装などのディレクションに携わる小林さんのこれまでの軌跡をたどります。

PROFILE
入社日
2012年12月01日
長所
字がきれいなところ
短所
ストレートすぎる言い方をしてしまうところ
すきなこと
子どもと遊ぶこと
おすすめメニュー
しゃぶとかに 源氏総本店の「かに茶碗蒸し」
おすすめの食べ方
温かいうちに食べること!

源氏総本店をきっかけに飲食の道に

小林さんはもともと『しゃぶとかに 源氏総本店』でパートナー(アルバイト)をされていたそうですね。最初に働いたのはいつごろですか?

小林啓祐

小林啓祐

高校1年生のときなので、20年以上前ですかね。僕の両親は物語コーポレーションで社内結婚をしていて、源氏総本店の向山店の近くに住んでいたので「アルバイトをするならここだな」と思って始めたんです。キッチンを担当しましたが、それまで料理の経験はまったくなかったので、最初は不安でした。でも、食材に触れることが楽しくて、少しずつ褒められることも増えていき、最終的には高校生ではなかなか担当できないしゃぶしゃぶや揚げ物などを任せてもらえたりもしました。

それはすごいですね!そのまま社員として入社されたんでしょうか?

小林啓祐

小林啓祐

いえ。県外の大学に進学したので、高校卒業と同時に源氏総本店も辞めたんです。大学では、幼い頃から興味があったインテリアデザインを学んで、将来はデザイン関係の仕事をしたいと考えていましたが、就職活動はうまくいかなくて・・・。そのまま実家に戻って、さてどうしようかと考えていた時期に、当時の支配人から「それならまた源氏総本店で働かない?」と誘われて、再びパートナーとして働き始めました。

そうだったんですね。そのときもキッチンで仕事をされていたんですか?

小林啓祐

小林啓祐

そのときはホールに入りました。支配人から「人と接する仕事を経験しておくと将来きっと役に立つよ」って勧められたんですが、初めての接客で「いらっしゃいませ」も嚙むくらい緊張していましたね(笑)でも、お客様から「ありがとう」と言われることが励みになって、アパレルやホテルなどいろんな業界の本を読んで接客の勉強をしました。学んだことを実践するたびにお客様の笑顔が増えていって、気づけば接客が楽しくて仕方なくなっていました。自然と「これからもここで頑張ろう」と思えて、そのまま社員になったんです。

「デザイン」と「飲食」の2軸が重なった日

デザイン関係の仕事への未練はありませんでしたか?

小林啓祐

小林啓祐

はい。そのときは、接客を通じて自分の成長を実感していたので、「これからもこの道を極めていきたい」と考えていました。僕に会いに来てくださる常連様が増えたり、和食業態を学びに来た他業態の社員に源氏の仕事を教えたりして、ホールのリーダーに昇格するなど、仕事の幅も順調に増えていきました。でも、ある出来事がきっかけで、もう一度デザインに興味を持つようになったんです。

ある出来事とはなんでしょう?

小林啓祐

小林啓祐

当時の支配人から「メニューを手書きで書いてみない?お客様にもっと喜んでもらえるかも」と声をかけられたんです。大学でデザインを学んでいたとはいえ、文字や絵で表現するのは初めての経験でした。けれど、直感的に「面白そう!やってみたい!」と思い、さっそくその日に見よう見まねで筆文字のおすすめメニューを書いてみました。思えば、これが「飲食」と「デザイン」の2つの軸が自分の中で重なるきっかけでしたね。

そうだったんですね。支配人はなぜ小林さんにメニューのデザインを勧めてきたんでしょうか?

小林啓祐

小林啓祐

不思議ですよね(笑)当時は支配人の気まぐれだと思っていましたが、いま思うと、僕に何かデザインの仕事をやらせたいと思ってくれたゆえの行動だったのかもしれません。出来上がったメニューを支配人から褒めてもらえて、それ以降、月替わりのおすすめメニューの手書きを任されるようになりました。たとえば、「朧月」というタイトルの懐石料理だったら、まず自分で「朧月」の意味を調べて、どんなふうに表現したらお客様にもその様子をイメージしてもらえるかなどを考えましたね。最初は、お客様からどんな反応をもらえるかすごく不安でしたが、メニューの写真を撮ってくださったり、「素敵なメニューですね」とあたたかい言葉をいただけて、とてもホッとしたのを覚えています。

当時小林さんが源氏総本店で制作した手書きメニュー

お客様から反応をいただけると、よりやりがいを感じられますよね。

小林啓祐

小林啓祐

そうですね。ただ、当時は「本当にこれでいいのか」という不安が常に隣り合わせでした。自分の表現が正解なのか、お客様に心から喜んでいただけるのか、確信がもてなくて・・・。自分が大学で学んだデザインの知識を必死に手繰り寄せたり、本を読み漁ってとことん調べたりして、自分なりの考えを一つひとつ形にしていきました。副支配人に昇格したころには、当時の会長や社長、他業態の人と話す機会が多くなって、僕のデザインを褒めてもらえることがさらに増えたんです。それが少しずつ自信につながっていきました。

知識と経験を信じて突き進んだ先にあったもの

デザイン一つひとつに、様々な想いや葛藤が込められていたんですね。

小林啓祐

小林啓祐

はい。ありがたいことに、その2~3年後、僕が源氏総本店の支配人になってからはほかの業態からも手書きデザインの依頼が来るようになりました。『魚貝三昧 げん屋』のおちょこやグラスのデザインや『丸源ラーメン』の期間限定メニューなど、自分が知らない業態のものを制作するのは難しかったですが、それを試行錯誤することも楽しかったです。源氏総本店以外でも、もっと自分の腕を試してみたいと思うようになり、当時の上司やまわりに想いを伝え続けた結果、2024年から本社の専門店・新業態事業部で開発担当を任せてもらえることになったんです。

小林さんがデザインした『魚貝三昧 げん屋』の冷感グラスやおすすめメニュー

まさに明言の力ですね。直近ではどんな仕事をされたんですか?

小林啓祐

小林啓祐

僕がコンセプトから大きく関わったのは『熟成焼肉 肉源』の赤坂店のリブランディングです。ブランドロゴからメニューブック、内装にいたるまで、社外のデザイナーと連携しながら僕がディレクションを担当しました。特にロゴの変更は、ブランドのアイデンティティにかかわるので、他社の焼肉店のロゴを何十種類も研究するなどかなりの時間と労力をかけましたね。肉源が大切にするブルックリンスタイルのおしゃれな雰囲気をお客様にどう届けるかなど、コンセプトを一から練り直し、事業部長とも議論を重ねて形にしていきました。

お店のメニューをつくるのと、リブランディングを担当するのとでは規模がまったく違いますよね。プレッシャーも相当あったのではないでしょうか。

小林啓祐

小林啓祐

もちろん大変でしたが、自分が大切にしたい本質は変わりませんでした。それは、源氏総本店でおすすめメニューを書いていたときと同じで、「考え尽くして自分が良いと思ったものを表現する」ということです。その軸があったので、規模が違っても迷わず突き進んでいけました。自信がもてなかったころの僕なら、「これで正しいのだろうか」と誰かの正解を探すような提案しかできなかったと思います。でも、肉源のリニューアルでは、自分が納得いくまで考え抜いたものを社長や事業部長に伝えることができました。無事に新しいロゴが完成して、昨年の10月に新しく『和牛焼肉 NIKUGEN』としてリニューアルオープンをしました。いまもすごく好調で、お客様から「素敵なお店ですね!」とお褒めの言葉もたくさんいただいています。

「良い」と思うものを表現し続ける

自分が良いと思うものを信じて形にしてきた小林さんだからこそ、みんなの心を動かすデザインができるのだと感じます。

小林啓祐

小林啓祐

そうだと嬉しいですね。その言葉や漢字が持つ意味、ブランドやお店の歴史など、自分が学んで吸収したことはすべてがデザインに活きてくるので、いまでも毎日勉強の日々です。自分が考えて形にしたものが、一緒に働く仲間やお客様に伝わって、「いいね、素敵だね!」と笑顔になっていただくことに、すごくやりがいを感じています。

最後に、小林さんの「なりたい自分」とは?

小林啓祐

小林啓祐

自分がカッコイイと思うもの、美しいと思うもの、良いと思うものを、自分らしく表現できる人になりたいですね。自分が経験してきたことやそれによって得られたものは表現において大きな価値をもっています。これからも、デザインを通じて自分を表現しつつ、言葉でもしっかりと相手に伝えられるような姿を目指していきたいですね。